熱中症は夏だけのものではない ― 秋のハーフで深部体温が上がり続ける理由と、水分のとり方
涼しい日の15kmでも7人に1人が深部体温40℃超。レース前の飲み方、飲みすぎの危険、事前に水分を増やす方法までを整理します。
「もう10月だし、熱中症の心配はいらないだろう」。そう思ってスタートラインに立っていませんか。秋のロードレースでも、ゴール前で足が止まる選手、倒れ込む選手は毎年のように出ています。
結論を先に
- 熱中症は「暑い季節の病気」ではなく、「体の熱が逃げきらない状態」で起きます。 体は走るほど熱を作るので、気温が低くても、速く長く走れば深部体温は上がります。
- 気温10.5℃(WBGT 11℃)の15kmレースでも、市民ランナーの15%がゴール時に深部体温40℃以上でした。
- ハーフマラソンでは、深部体温は序盤からレース後半まで上がり続けることが確認されています(高温多湿の大会での実測)。ピーク体温を最もよく説明したのはスタート時の体温でした。
- レース前は「起床後から朝食にかけて、体重1kgあたり5〜7mLをゆっくり飲む」が基本です。尿が出ない・色が濃いときだけ、スタート約2時間前に追加します。
- 一方で、飲みすぎ(運動関連低ナトリウム血症)は脱水より危険です。レース後に体重が増えているなら飲みすぎです。
- 事前に体の水分を増やす「ハイパーハイドレーション」は、ランニングのタイムレースでは効果が確認されておらず、本番でいきなり試すものではありません。
熱中症は「季節」ではなく「熱のバランス」で起きる
2024年10月19日の箱根駅伝予選会は、東京で統計史上もっとも遅い真夏日となり、都心は30℃に達しました。途中棄権は6人、12km過ぎから意識を失って救急搬送されたと自ら明かした選手もいました(J-CAST ニュース, 2024年10月22日)。10月でも、真夏並みの日はあり得ます。
ただし、伝えたいのはそれだけではありません。真夏日でなくても、走っている体の中は十分に暑くなるということです。
走っているとき、体は筋肉で熱を作り続けます。その熱を、汗の蒸発や皮膚からの放熱で外に逃がします。作る熱が逃がす熱を上回れば、気温に関係なく深部体温は上がっていきます。そして作る熱の量を大きく左右するのが、走るスピードです。高温多湿のハーフマラソンでランナー31名を測った研究では、終盤の深部体温を最もよく説明したのは走速度でした(Lee ら 2010, 抄録で確認)。
日本スポーツ協会(旧・日本体育協会)の熱中症予防運動指針(1994年版)も、WBGT 21℃未満を「ほぼ安全」としながら、「市民マラソンなどではこの条件でも熱中症が発生するので注意する」と明記しています。
気温10℃の15kmでも、7人に1人が深部体温40℃を超えた
この「涼しくても上がる」を実測したのが、オランダのロードレース(15km)の研究です(Veltmeijer ら 2015)。
- 当日の条件は WBGT 11℃、気温10.5℃、湿度87%。秋のレースとしても涼しい部類です。
- 市民ランナー227名に体温計のカプセルを飲んでもらい、深部体温を測りました。
- 深部体温は、スタート前 37.6℃ → ウォームアップ後 37.8℃ → ゴール時 平均39.2℃。
- 31名(15%)がゴール時に40℃以上でした。

ここで正確に押さえておきたいのは、この31名は誰も具合の悪さを訴えていなかったことです。深部体温40℃超はそれだけで熱中症というわけではなく、意識の異常などを伴ったときに「熱射病」と呼ばれます。それでも、涼しい日の15kmで、熱射病の目安となる体温域に7人に1人が達していた事実は重く見るべきです。
実際に、涼しい日の熱射病も報告されています。
- スタート時6℃、3時間後でも9.5℃のマラソンで、ゴール直前に倒れた男性の直腸温は 40.7℃ でした。この選手は前週に風邪のような症状があり、最後の16kmを元気な伴走者に引っ張られていました(Roberts 2006, 症例報告・抄録で確認)。
- ボストンマラソン5大会(約13万6千人)の熱射病は、すべて平均WBGT 17〜20℃の大会で起きていました。30歳未満と速いスタート組でリスクが高く、レース中に気温が大きく上がった大会ほど発生が多い関係が見られました(Breslow ら 2021, 抄録で確認)。
「若く、速く、気温が上がっていく午前中に走る」。これは箱根駅伝予選会そのものの条件です。
ハーフでは、深部体温がレース後半まで上がり続ける
では、ハーフマラソンの間、深部体温はどう動くのでしょうか。レース中に連続で測った研究があります。
シンガポールのハーフマラソン(WBGT 26℃の高温多湿)で、市民ランナー84名の深部体温をリアルタイムで記録した研究では(Sakamoto ら 2026)、
- 深部体温は3.2km以降、上がり続けました。
- ピークは平均 39.4℃、約5人に1人(19%)が40℃を超えました。
- ピーク体温の個人差を最もよく説明したのはスタート時の深部体温(18%)で、次いで平均心拍、体の大きさ、平均速度でした。スタート時点で38.9℃に達していた人もいました。

注意点として、ハーフの間ずっと測った研究は、どれも暑い条件のものです。涼しい日のハーフで同じように測ったデータは、今回の調査では見つかりませんでした。それでも、涼しい日の15kmで平均39.2℃まで上がっていたことを合わせると、「秋のハーフなら体温は上がりきらない」とは考えないほうが安全です。体温は前半で落ち着くのではなく、後半まで高いまま、あるいは上がり続けると考えて準備するのが現実的です。
スタート前に、体温を上げすぎない
2つの研究に共通するのは、スタート前の体温がその後を左右することです。
15kmの研究では、ウォームアップで深部体温が 0.4℃以上上がった人は、ゴール時に40℃を超えた割合が 33.3% でした。上昇がそれ未満だった人では 9% です(オッズ比 5.1, 95%信頼区間 2.2〜11.7)。

これは観察研究なので、「アップを減らせば40℃を超えない」と証明されたわけではありません。ただ、現場で取り入れられる注意点は見えてきます。
- ウォームアップは「体を温める」ためで、「汗だくになる」ためではない。 動きを確かめたら、必要以上に走り込まない。
- スタート前の待機で熱をためない。 日なたの密集した列、ベンチコートを着たままの長い待機は、走る前から体温を上げます。
- 前週に体調を崩したら、無理をしない。 冒頭の症例報告の著者も「体調が悪いときは出場しないよう指導すべき」と述べています。
なお、レース前に氷や冷たい飲み物で体を冷やす「プレクーリング」は、30℃を超える暑い条件では記録を伸ばすことが示されていますが(Bongers ら 2015, 抄録で確認)、涼しい日に効くかを示したデータはありません。暑い予報の日の選択肢、と考えてください。
レース前の水分補給(プレハイドレーション)は「4時間前」から
レース中の脱水を防ぐ準備は、スタート前から始まっています。アメリカスポーツ医学会(ACSM)の指針は、次の手順を示しています。
- 競技の少なくとも4時間前に、体重1kgあたり約5〜7mLをゆっくり飲む。
- 尿が出ない、または色が濃い場合は、約2時間前にさらに3〜5mL/kgを追加する。
- ナトリウムを含む飲み物や、塩気のある軽食を一緒にとると、飲んだ水分が体に保たれやすい。
- 数時間前に飲むのは、スタートまでに余分な水分を尿として出しきる時間をつくるため。
ACSMの指針は、前夜からしっかり食事と水分をとっていれば、朝の時点でほぼ十分な水分状態にあるとしています。プレハイドレーションは「足りていなければ補う」ための手順です。
8:30スタートの場合、4時間前は4:30です。現実的には、起床後から朝食にかけての時間で飲むと置き換えるのがよいでしょう(ここは本記事の解釈です)。体重55kgの選手なら、計算上は次のようになります。
- 起床後〜朝食: 約275〜385mL(コップ1.5〜2杯程度)を、一気にではなく時間をかけて
- スタート約2時間前(6:30ごろ)に尿の色が濃い・出ていなければ: 約165〜275mLを追加

15kmの研究でも、レース前に多く飲んでいたと答えた人ほど、ゴール時の深部体温が低い傾向がありました(自己申告に基づく相関で、因果は確定していません)。
飲みすぎ(オーバーハイドレーション)は、脱水より危険
「脱水が怖いなら、たくさん飲めばいい」。これは誤りです。
汗で失う以上に水を飲むと、血液中のナトリウムが薄まり、運動関連低ナトリウム血症(EAH)が起きます。ふらつきや吐き気から始まり、典型的には頭痛・嘔吐・錯乱やけいれんなどの意識の異常が現れます(脳のむくみによるもの)。死亡例もあります。
- 2015年の第3回国際コンセンサスは、EAHと既知の全死亡例の主な原因を「低張液(水やスポーツドリンク)の飲みすぎ」と結論づけています。塩分不足ではなく、飲む量の問題です。
- ボストンマラソンの完走者の調査では、13%が低ナトリウム血症でした。レース中に体重が増えた人、4時間以上かかった人でリスクが高くなっていました(Almond ら 2005, 抄録で確認)。
- ハーフでも、2〜3時間かけて走る遅いランナーで症状の出た例が報告されています。
- ACSMも「一般に脱水のほうが多いが、症状を伴う飲みすぎのほうが危険」と書いています。
1時間ほどで走りきる大学生のハーフで、EAHが起きる可能性は高くありません。注意が必要なのは、ゆっくり長く走る人、そして「念のため」と給水所ごとに飲み続ける人です。
判断の物差しは簡単です。レース後に体重が増えていたら、それは飲みすぎです。 「体重が増えるほど飲まない」は、どの立場の専門家も一致している原則です。
レース中は「喉の渇き」か「計画」か
レース中にどれだけ飲むべきかは、専門家の間でも力点が分かれています。ただ、条件によって使い分けるという整理はできます(Kenefick 2018)。
- 喉の渇きに従えば足りる場面: 60〜90分以内、涼しい、強度が低い
- 計画的に飲むほうがよい場面: 90分を超える、暑い、強度が高く汗が多い、記録を狙う
計算モデルでは、多くのランナーは21kmまでなら、飲まなくても体重の減少は2%未満に収まると予測されています(気温22℃・30℃の想定)。また、EAHのコンセンサスは、10〜20℃の涼しい条件なら体重の3%程度までの水分不足は持久力を落とさないとしています。
涼しい日のハーフは、「渇いたら飲む」で足りる条件に近いと言えます。反対に、暑い日や汗の多い選手は、練習で走る前後の体重を量り、自分がどれだけ汗をかくかを知っておくと、計画を立てやすくなります。
ハイパーハイドレーションは「暑い日の特殊な手段」
レース前にナトリウム(塩)やグリセロールと多めの水を一緒にとり、体の水分量を一時的に増やしておく方法を「ハイパーハイドレーション」と呼びます。
38研究をまとめた2023年のシステマティックレビューでは(Jardine ら 2023)、
- 一定のペースで限界まで運動する形式では、運動を続けられる時間が延びた研究があり、心拍や深部体温も下がっていました。
- しかし、28〜30℃でのランニングのタイムトライアル(5〜18km)を調べた3研究は、いずれも効果がありませんでした。
- 胃腸の不調が多くの研究で報告され、ナトリウムは量が増えるほど下痢が増えていました。
- なお、グリセロールは2010年に世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の禁止表に加えられ、2018年に外れています。
ACSMの指針も、過剰な水分補給は「レース中にトイレに行きたくなるリスクを大きく高め、明確な利点はない」としています。研究の多くは暑い条件で行われていて、涼しい日のハーフで使う根拠はありません。少なくとも、練習で試したことのない方法を本番で初めて使うのはやめましょう。
まとめ: 秋のハーフで押さえる5つのこと
- 熱中症は季節ではなく熱のバランスで起きる。 速く長く走れば、涼しい日でも深部体温は40℃に届き得る。
- ハーフでは体温が後半まで上がり続ける。 終盤の異変(ふらつき、言動のおかしさ)を見逃さない。倒れた選手は熱射病を疑い、すぐに冷やす。
- スタート前に体温を上げすぎない。 アップはほどほどに、待機中は日陰で薄着に。
- 水は起床後から朝食にかけて、体重1kgあたり5〜7mL。 尿の色で足りているかを確かめる。
- 飲みすぎない。 涼しい日のハーフは喉の渇きに従えば足りる。レース後に体重が増えていたら飲みすぎ。
トレーニングに活かすなら 自分がどれだけ汗をかくかは、練習の前後に体重を量るだけで分かります。OptiRun BASE では、日々の体重とコンディションを練習記録と一緒に残せます。気温の高い日と低い日の体重の減り方を比べておくと、本番の朝に「どれくらい飲めばいいか」を自分のデータで決められます。
参考文献
- Veltmeijer MT, Eijsvogels TM, Thijssen DH, Hopman MT. Incidence and predictors of exertional hyperthermia after a 15-km road race in cool environmental conditions. Journal of Science and Medicine in Sport. 2015;18(3):333-337. (PMID 24930073)
- Sakamoto Y, Alhadad SB, et al., Lee JKW. Physiological Demands and Contributors to Variance of Core Temperature in 162 Recreational Runners during Distance Running in a Warm-Humid Environment. Medicine and Science in Sports and Exercise. 2026. (PMID 42319298)
- Roberts WO. Exertional heat stroke during a cool weather marathon: a case study. Medicine and Science in Sports and Exercise. 2006;38(7):1197-1203. (PMID 16826014)
- Breslow RG, et al. Exertional Heat Stroke at the Boston Marathon: Demographics and the Environment. Medicine and Science in Sports and Exercise. 2021;53(9):1818-1825. (PMID 33756522)
- Lee JKW, Nio AQX, Lim CL, Teo EYN, Byrne C. Thermoregulation, pacing and fluid balance during mass participation distance running in a warm and humid environment. European Journal of Applied Physiology. 2010;109(5):887-898. (PMID 20237797)
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- Almond CSD, Shin AY, Fortescue EB, et al. Hyponatremia among runners in the Boston Marathon. New England Journal of Medicine. 2005;352(15):1550-1556. (PMID 15829535)
- Kenefick RW. Drinking Strategies: Planned Drinking Versus Drinking to Thirst. Sports Medicine. 2018;48(Suppl 1):31-37. (PMID 29368181)
- Jardine WT, Aisbett B, Kelly MK, et al. The Effect of Pre-Exercise Hyperhydration on Exercise Performance, Physiological Outcomes and Gastrointestinal Symptoms: A Systematic Review. Sports Medicine. 2023;53(11):2111-2134. (PMID 37490269)
- Bongers CCWG, Thijssen DHJ, Veltmeijer MTW, Hopman MTE, Eijsvogels TMH. Precooling and percooling (cooling during exercise) both improve performance in the heat: a meta-analytical review. British Journal of Sports Medicine. 2015;49(6):377-384. (PMID 24747298)
- 日本体育協会. 熱中症予防のための運動指針(1994年). 環境省資料に掲載.
- J-CAST ニュース. 箱根駅伝予選会に関する記事. 2024年10月22日. https://www.j-cast.com/2024/10/22496165.html