ATHLIVIA Running Science
#17コンディション2026-08-26

「なんとなく不調」を数字にする科学

HRVと主観的疲労感から「今日の調子」をスコア化する仕組み

「なんとなく不調」を数字にする科学
「昨日はしっかり寝たはずなのに、今日は脚が重い」「データ上は問題なさそうなのに、走る気が起きない」。そんな"なんとなく不調"を、多くのランナーが経験したことがあるはずです。この感覚を、勘や気合いではなく数字として扱えたら――今日はそんな話です。

結論を先に

心拍変動(HRV:心拍と心拍の間隔のわずかなゆらぎで、自律神経のバランスを反映する指標)は、コンディションを知る有力な手がかりですが、単独では「今日は良い日か悪い日か」を判断しきれません。HRVが上がっているのに主観的にはしんどい、という矛盾がしばしば起こるからです。研究の到達点は、HRVだけを盲信せず、主観的な疲労感などと組み合わせて解釈することが大切だ、というものです。OptiRun BASEはこの考え方に沿って、HRV・起床時心拍数・主観的な疲労感などを重み付けして合成する「コンディションスコア」の仕組みを実装しています。

HRVは「上がれば安心」ではない

HRVはランニングウォッチやスマートウォッチでも手軽に測れるようになり、コンディション管理の定番指標になりました。基本的な考え方はシンプルで、副交感神経(体を休める方向に働く自律神経)がしっかり働いているときはHRVが高く保たれやすく、トレーニングの疲労が抜けきっていなかったり、体にストレスがかかっていたりするとHRVが乱れる、というものです。

ところが、話はそう単純ではありません。男性ランナー・トライアスリート15名を対象にした研究では、2週間の高負荷トレーニング後、立位で測定した迷走神経由来HRV(RMSSD、心拍のゆらぎを数値化した代表的な指標)が「非常に高い確率で増加」した一方(効果量0.62)、同時に主観的なトレーニング耐性は明確に悪化していました(効果量1.30以上)。研究チームは、HRVの変化だけでは「調子の良し悪し」を判断できず、主観的な指標と組み合わせて解釈する必要があると結論づけています(Bellenger et al., 2016, IJSPP)。

つまり、負荷をかけすぎたときに体が「もう休ませて」とHRVを上げて訴えてくることがある、ということです。数字だけを見て「HRVが上がったから今日は好調」と判断すると、実際には疲労が蓄積している状態を見逃してしまうかもしれません。

OptiRun BASEのコンディション評価は、この矛盾を検出する仕組みを持っています。高負荷が続いている文脈で「HRVは上昇しているのに主観的な疲労感は悪化している」というパターンが同時に起きた場合、これを機能的オーバーリーチ(トレーニングのしすぎで一時的にパフォーマンスが落ちている状態)の兆候として扱い、注意を促すようになっています。HRVという一つの数字を鵜呑みにせず、体感とのズレそのものを情報として扱う、という発想です。

数字はどう組み合わさるのか

では、HRVを含めて「今日の調子」をどう1つのスコアにまとめればよいのでしょうか。OptiRun BASEでは、いくつかの要素を重み付けして合成する方式を採っています。自律神経系の状態(HRV、測定できない場合は起床時の脈拍で代替、重み0.40)、主観的な疲労感・筋肉痛・気分(重み0.40)、睡眠の状態(重み0.10)、起床時心拍数(重み0.10、HRVがない場合はこの枠の重みが引き上げられます)を組み合わせ、それぞれを個人の普段の値と比べた偏差(z-score、平均からどれだけ離れているかを表す統計的な指標)として扱います。

HRVについては、直近7日間のローリング平均(毎日少しずつ更新されていく平均値)を、個人の60日間のベースライン(普段の基準値)と比較します。起床時心拍数も同様に7日ローリング平均とベースラインを比べますが、こちらは高いほど状態が悪いとみなされるため、符号を逆にして評価します。

このとき、「どのくらいの変化があれば意味のある変化とみなすか」という線引きが必要になります。OptiRun BASEでは、個人内変動係数(CV、その人の数値が普段どのくらいばらつくかを示す指標)の0.5倍を「実質的に意味のある変化量」の目安とし、ローリング平均とベースライン平均の差がこの基準を超えたときに「普段から逸脱している」と判定します。合成したスコアが個人の標準偏差でマイナス0.5以内であれば「良好」、マイナス0.5からマイナス1.0の間であれば「やや低下」、マイナス1.0を下回れば「低下」という3段階で示されます。

こうした「個人の基準値と比べる」「複数日の平均で見る」という考え方は、思いつきではありません。日々のHRVをもとにトレーニングを調整する方法を検証した研究では、あらかじめ決めた通りにトレーニングする方法と比べて、3〜7日平均でみた迷走神経由来HRV(RMSSD/SD1)の維持・向上においてわずかに優れていました(統合効果量0.50)。8つの先行研究・参加者199名を統合したメタ解析の結果です(Manresa-Rocamora et al., 2021, IJERPH)。単発の測定値ではなく数日単位でならして見る、という設計そのものに一定の裏付けがあることになります。

それでも過信は禁物

ここまで読むと「HRVでトレーニングを調整すれば万事うまくいく」と思いたくなりますが、研究はそこまで楽観的ではありません。

レクリエーションランナー28名を対象にしたランダム化比較試験(2025年)では、6週間のトレーニングをHRVに基づいて調整した群は、あらかじめ決めたレースペースで走った群と比べて、7kmタイムトライアルのタイムそのものは有意に改善しませんでした。一方で、第2換気性作業閾値に対応する走速度(sVT2、呼吸のパターンが変わり始める強度に対応するスピードで、持久力の指標のひとつ)は有意に向上しました(効果量1.34)。研究チームは、レースペースに沿った処方がパフォーマンスの最適化には有効な一方、HRVに基づく処方は主要な生理学的マーカーの向上に価値があると結論づけています(Ranieri et al., 2025, MSSE)。

先ほどのメタ解析でも、フィットネス指標(VO2maxなど)そのものについては統計的に有意な差はなく、効果量は小さいながら一貫してHRV調整群を支持する方向でした。つまり、HRVに基づいてコンディションを見ながらトレーニングを調整することは、劇的にタイムを縮める魔法ではなく、体調を崩しにくくし、じわじわとした生理学的な適応を後押しする"守りの技術"に近い、というのが現時点での研究の到達点です。

そもそも「HRVをどう解釈するか」自体、まだ発展途上のテーマです。先のメタ解析でも、固定された平均を使うかローリング平均を使うか、ベースラインの設定方法や日々の変化をどう判定するかといった方法論は、さらなる研究が必要だと明記されています。OptiRun BASEが採用している「7日ローリング平均を60日ベースラインと比べ、個人内変動の0.5倍を逸脱の目安にする」という設計も、この研究課題に対するひとつの実践的な回答であって、確立された唯一の正解ではありません。今後の研究の進展とともに、こうした判定の仕方自体もアップデートされていくべきものだと捉えています。

なお、乳酸カーブやLT(乳酸性作業閾値)を直接測定する機能は、現時点のOptiRun BASEには実装されていません。ここで紹介したのはあくまでHRVや主観的な疲労感といった、日々の負担なく測れる指標からコンディションを推定する仕組みです。

トレーニングに活かすなら 「なんとなく不調」を放置せず、かといって一つの数字に振り回されすぎず。OptiRun BASEは、HRVや起床時心拍数、主観的な疲労感・筋肉痛・気分・睡眠といった複数の情報を組み合わせて「今日の調子」を可視化し、HRVと体感がズレているときには注意も促します。日々のコンディション記録から、自分の体の声を数字で確認する習慣を始めてみませんか。App Store / Google Play で配信中。

参考文献

  1. Bellenger, C. R., Karavirta, L., Thomson, R. L., Robertson, E. Y., Davison, K., & Buckley, J. D. (2016). International Journal of Sports Physiology and Performance, 11(7), 685-692.
  2. Ranieri, L. E., Casado, A., Martin, D., Trujillo-Colmena, D., Gil-Arias, A., Kenneally, M., & Jiménez, A. (2025). Medicine and Science in Sports and Exercise, 57(7), 1510-1522.
  3. Manresa-Rocamora, A., Sarabia, J. M., Javaloyes, A., Flatt, A. A., & Moya-Ramón, M. (2021). International Journal of Environmental Research and Public Health, 18(19), 10299.

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