CTL・ATL・TSBとは何か ― 「今の調子」を数値で見る仕組み
フィットネスと疲労の引き算が教えてくれること、そして数字を過信しないための注意点
「今日は調子がいいのか悪いのか、走り出すまでわからない」「頑張って積んでいるはずなのに、なぜかタイムが伸びない」。そんなモヤモヤに、トレーニング科学は一つの数値化の方法を用意しています。それがCTL(フィットネス)・ATL(疲労)・TSB(フォーム)という3つの指標です。
結論を先に
CTLは「積み上げてきた土台の量」、ATLは「直近にたまった疲れ」、TSBはその引き算で見る「今の仕上がり」を表す考え方です。もともとは1970年代の理論モデルに由来し、現在は多くのトレーニング管理アプリで日々の負荷から自動計算されています。ただし、これは万能の未来予測装置ではありません。あくまで「今の傾向を掴むための目安」として使うのが、科学的に見ても誠実な付き合い方です。
CTL・ATL・TSBとは何か
まずは3つの用語を整理しましょう。
- CTL(Chronic Training Load、慢性負荷): 直近およそ6週間分のトレーニング負荷を平均化した数値。「積み上げてきたフィットネス(走力の土台)」を表します。
- ATL(Acute Training Load、急性負荷): 直近およそ1週間分のトレーニング負荷を平均化した数値。「今たまっている疲労」を表します。
- TSB(Training Stress Balance、フォーム): CTLからATLを引いた値。「フィットネスに対して疲労がどれだけ抜けているか」、つまり今のコンディションの仕上がり具合を表します。
この考え方の源流は、1975年にBanisterらが提唱したインパルス・レスポンス・モデル(トレーニングという刺激が、時間差を伴ってパフォーマンスに反映されるという理論モデル)にあります。「トレーニングの効果(フィットネス)はゆっくり蓄積してゆっくり抜ける」「疲労はすぐたまってすぐ抜ける」という、時間スケールの違う二つの反応を数式で表現したのが出発点です。
OptiRun BASEでも、この考え方をもとにCTL・ATLを計算しています。具体的には、毎日のトレーニング負荷(運動時間×主観的なきつさで算出する「sRPE」という指標)を、指数移動平均(EWMA)という手法で慢性・急性の2つの時間スケールに重み付けして集計する仕組みです。慢性側はおよそ42日、急性側はおよそ7日という時定数(数値がどれだけ緩やかに反応するかを決めるパラメータ)を使い分けており、直近の疲労ほど敏感に、積み上げてきた土台はゆっくり動くように設計されています。TSBはCTLからATLを引くだけのシンプルな引き算で、トレーニング負荷の推移を見る画面などで日々の変化を確認できるようになっています。
「フォームが良い」とはどういう状態か
TSBがプラスに大きいほど「疲労が抜けてフォームが良い」状態、マイナスに大きいほど「疲労がたまっている」状態とされます。レース直前に走行距離を落とす「テーパー」は、まさにこのTSBをプラス方向に持っていく作業です。
OptiRun BASEでは、レース当日に向けたテーパー計画(日ごとの距離設定)から未来のトレーニング負荷を距離換算で見積もり、目標とするTSB帯(+15〜+25の範囲)に着地するための最終的な負荷調整を逆算する機能も実装されています。これは、テーパー期に「どれくらい練習量を落とせば、レース当日にちょうどよい仕上がりになるか」を考えるための一つの目安です。
ここで大事な注意点があります。TSBやCTLの数値は、実際のパフォーマンス(タイムや走力そのもの)を直接測っているわけではないということです。あくまで日々のトレーニング負荷の記録から逆算した「モデル上の推定値」であり、乳酸値や心拍応答のように体から直接測定したデータではありません。OptiRun BASEには乳酸カーブや乳酸性作業閾値(LT)を測定する機能は実装されていないため、CTL・ATL・TSBは負荷の記録から導く指標として捉えてください。
数字はどこまで信じていいのか
ここからは、この記事のために精読した3本の研究をもとに、CTL・ATL・TSBという考え方の「効くところ」と「過信してはいけないところ」を誠実にお伝えします。
そもそもモデルの将来予測は、実務で使うには誤差が大きいという点です。Banister型モデルそのものを実データで検証した数少ない研究に、競泳選手11名を61週間追跡した検証研究があります。この研究では、Banister型モデル(本研究のModel Ba)による個人のパフォーマンス予測誤差は平均絶対誤差率で2.02〜2.69%だったものの、著者らはこの精度水準を「個々の選手のトレーニング計画を立てる実務用途には不十分」と結論づけています(Busso & Chalencon, 2023)。さらに同研究では、ピーク直前の期間は実際のパフォーマンスをモデルが系統的に過小評価する傾向も確認されており、「TSBの数値が示す以上に、実際の調子は上がっている可能性がある」ことも示唆されています。CTL・ATL・TSBは「未来のタイムを言い当てる予言」ではなく、「トレーニングの積み上げと抜け具合の傾向を掴む道具」と捉えるのが安全です。
負荷の計算方法そのものにも、手法による違いがあるという点も見逃せません。市民ランナー430名・22,839トレーニングセッションを対象にした研究では、週間トレーニング負荷法で「有意な負荷増加」と判定されたセッションは33.4%だったのに対し、EWMA法(OptiRun BASEが採用する方式と同様の考え方)では18.9%にとどまり、同じトレーニングでも計算方法によって判定が大きく異なることが示されました(Cloosterman et al., 2024)。つまり、同じトレーニング記録でも「どの計算式を使うか」によって、負荷が急増したと判定されるかどうかが変わりうるということです。数値そのものの絶対値に一喜一憂するより、自分自身の推移(先週より上がっているか下がっているか)を継続して見る使い方のほうが実用的です。
EWMAという計算方式自体にも、指摘されている限界があります。 ACWR(急性:慢性負荷比。CTL・ATLと似た発想で急性負荷と慢性負荷を比で見る指標)の算出手法を検証した総説では、指数移動平均(EWMA)を用いてACWRを計算すると「初期負荷の問題」が生じ、アスリートが調整期(テーパー)を行うスポーツには適用しにくいという限界が指摘されています(Wang et al., 2020)。EWMAは直近のデータに重みを置く計算方式であるため、記録を始めたばかりの時期や、意図的に負荷を大きく落とすテーパー期には、数値の解釈に注意が必要ということです。
トレーニングにどう活かすか
まとめると、CTL・ATL・TSBは「今週は先週より負荷が高いか低いか」「積み上げてきた土台に対して、今どれくらい疲れが残っているか」という傾向を掴むための考え方です。一方で、未来のタイムを正確に予言したり、絶対的な正解の数値を示したりするものではありません。数値が示す方向性を参考にしつつ、実際の体の感覚(睡眠、食欲、練習中の走りやすさなど)と照らし合わせて使うのが、誠実な向き合い方だと思います。
トレーニングに活かすなら OptiRun BASEでは、日々のsRPE(主観的運動強度)の記録からCTL・ATL・TSBを自動計算し、トレーニングの積み上げと疲労の抜け具合の推移を確認できます。テーパー計画を立てる際の目安としても活用できますが、あくまで負荷記録に基づく推定値であることを踏まえたうえで、体調管理の一つの参考にしてください。App Store / Google Play で配信中。
参考文献
- Busso, T., & Chalencon, S. (2023). Validity and Accuracy of Impulse-Response Models for Modeling and Predicting Training Effects on Performance of Swimmers. Medicine & Science in Sports & Exercise, 55(7), 1274-1285.
- Cloosterman, K. L. A., de Vos, R. J., van Oeveren, B., Visser, E., Bierma-Zeinstra, S. M. A., & van Middelkoop, M. (2024). Comparison of Weekly Training Load and Acute:Chronic Workload Ratio Methods to Estimate Change in Training Load in Running. Journal of Athletic Training, 59(10), 1028-1034.
- Wang, C., Vargas, J. T., Stokes, T., Steele, R., & Shrier, I. (2020). Analyzing Activity and Injury: Lessons Learned from the Acute:Chronic Workload Ratio. Sports Medicine, 50(7), 1243-1254.