ATHLIVIA Running Science
#11トレーニング負荷2026-07-22

自己ベストから自己ベストを予測できる理由 ― VO2max推定式とレース予測の科学

10kmのタイムからフルマラソンのタイムが見えてくるのは、偶然ではなく計算できる仕組みがあるから

自己ベストから自己ベストを予測できる理由 ― VO2max推定式とレース予測の科学
「10km、43分で走れたんだけど、フルマラソンだとどれくらいいけそう?」

ランニング仲間からこう聞かれたことがある人は多いはずです。実はこの質問、当てずっぽうではなく、ある程度の精度で計算できます。OptiRun BASEの「レース予測」画面に自己ベストを1つ入力すると、1500mからフルマラソンまで6つの距離の目標タイムが一気に表示されるのも、この計算の仕組みを使っています。今回は、その裏側にある科学と、実際にアプリが何をしているかを解説します。

結論を先に

異なる距離のタイムがある程度相関するのは、両方とも同じ「有酸素能力の上限」に支えられているからです。この関係は数式として表すことができ、1981年に発表された古典的な式が、2024年の最新のAI研究でも今なお比較対象として使われ続けています。ただし万能ではありません。特にフルマラソンだけは単純な計算が大きく外れやすいことも、データではっきり分かっています。

アプリは何を計算しているのか:VO2maxの推定

長距離走のタイムを大きく左右する要因のひとつが、VO2max(体が1分間に取り込んで使える酸素の最大量)です。OptiRun BASEの「レース予測」画面にタイムを1つ入力すると、そこから推定VO2maxが算出され、"要改善"から"世界クラス"までの6段階(年代・性別ごとの基準に基づく)で評価が表示されます。これは1979年にJack DanielsとJimmy Gilbertが提案した、走速度とタイムからVO2maxを逆算する式をもとにしたものです。

VO2maxがタイムに直結するのは自然な話に思えますが、どれくらい効くのか実データを見てみましょう。1981年に発表された研究では、50名の市民ランナーを対象に、VO2maxとマラソンタイムの関係を調べたところ、両者にはr = -0.63の相関が見られました(VO2maxが高いほどタイムが速い)。

ただし、ここは正直に伝えておきたいところです。相関係数0.63は、決定係数に直すとおよそ0.4。つまりマラソンタイムのばらつきのうち、VO2maxだけで説明できるのは4割程度で、残りはペース配分・当日のコンディション・気象条件など他の要因が占めています。VO2maxは「土台」ではありますが、それがすべてを決めるわけではありません。

タイムからタイムを予測する「Riegel式」

VO2maxを推定したら、次は「では他の距離だとどのくらいのタイムになるか」です。ここで使われるのが、1981年に発表されたRiegel式。考え方はシンプルで、

`` 予測タイム = 基準タイム × (予測したい距離 ÷ 基準の距離)^1.06 ``

という形をしています。この「1.06乗」という数字が、距離が伸びるにつれて誰もが受ける"疲労のコスト"を表しています。OptiRun BASEはこの式を使って、入力した1つのタイムから1500m・3000m・5000m・10000m・ハーフマラソン・フルマラソンの6距離を同時に予測します(画面には各距離のペース目安も一緒に表示されます)。

驚くのは、この40年以上前の単純な式が今なお現役だということです。2024年に発表された、AI(LSTM深層学習モデル)を使った最新のレース予測研究でも、Riegel式は比較対象のベンチマークとして使われました。60レース分のデータで検証したところ、Riegel式の予測精度は80%。専用に学習させたAIモデルの90.4%には及ばないものの、決して見劣りしない結果でした。シンプルな式が、複雑なモデルと同じ土俵でまだ戦えているということです。

心拍データとのつながり

「推定VO2max」はペース(速度)だけの世界ですが、実際のトレーニングでは心拍数を見ながら走る人も多いはずです。OptiRun BASEでは、この2つがつながっています。

まず自己ベストのタイムから「VO2max相当の速度(vVO2max)」を計算します。目安として、3000mの自己ベストペースはvVO2maxの約95%、5000mは約90%、1500mは約101%に相当するという関係が使われています。この推定値をベースに、心拍リザーブ(安静時心拍と最大心拍の差)に対する割合で、回復走からインターバルまでの5段階の心拍ゾーンを算出します。

さらに、トレーニング記録が積み重なるほど、実際に記録された心拍とペースの関係(回帰分析)を使って、ベース値である自己ベストからの推定を個人差に合わせて補正していきます。理論値だけに頼らず、実際に走った記録で少しずつ"あなた仕様"にチューニングされていくイメージです。最大心拍数についても、年齢からの推定式(208 − 0.7×年齢)はあくまで補助で、トレーニング記録に実測値があればそちらが優先されます。

なお、運動生理学には「乳酸性作業閾値(LT)」という、血液中の乳酸濃度から持続可能な強度を測る、また別の指標もあります。Riegel式の"疲労係数"やDaniels式の時間補正は、LTと同じく「長く走るほど出せる強度が下がっていく」という現象を扱ってはいますが、あくまでタイムからの推定であり、血液を採取して乳酸を直接測るものではありません。今のOptiRun BASEはこちらの直接測定には対応していないので、混同しないよう補足しておきます。

注意点:フルマラソンだけは要注意

ここが今回いちばん伝えたいポイントです。2,303名の市民ランナーを対象にした大規模な調査によると、Riegel式はハーフマラソンまでの距離では予測精度が良好でした。ところが、フルマラソンだけは話が別でした。

この調査では、Riegel式でフルマラソンのタイムを予測すると、対象者の約半数で、実際のタイムより10分以上速く見積もられてしまうことが分かりました。4人に1人は20分近くも速く出てしまう計算です。理由ははっきりしていて、フルマラソンは30km以降に「疲労の壁(後半の失速)」が起きやすく、単純な指数計算ではそこを拾いきれないためです。

つまり、「10kmのタイムから計算した自己ベストペース」をそのままフルマラソンの入りに使うと、入りが速すぎて後半に大失速するリスクがある、ということです。

トレーニングに活かすなら OptiRun BASEの「レース予測」画面で出てくる6距離の目安タイムは、こうした基本の考え方をもとに算出されています。特にフルマラソンに挑戦する方は、算出された数字を"絶対値"として鵜呑みにせず、あくまで目安として、実際のレースでは慎重な入りを心がけるのがおすすめです。心拍ゾーンと組み合わせて、レース中盤以降の強度が上がりすぎていないか確認するのも有効です。

参考文献

  1. Hagan RD, Smith MG, Gettman LR (1981). Marathon performance in relation to maximal aerobic power and training indices. Medicine and Science in Sports and Exercise, 13(3), 185-189.
  2. Riegel PS (1981). Athletic records and human endurance. American Scientist, 69, 285-290.
  3. Dash S (2024). Win Your Race Goal: A Generalized Approach to Prediction of Running Performance. Sports Medicine International Open, 8, a24016234.
  4. Vickers AJ, Vertosick EA (2016). An empirical study of race times in recreational endurance runners. BMC Sports Science, Medicine and Rehabilitation, 8, 26.

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